大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)1057号 判決 1953年6月22日
控訴人(被申請人) 塚本商事機械株式会社
被控訴人(申請人) 倉本達一
主文
本件控訴は、これを棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の申請はこれを却下する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、控訴会社の懲戒委員会規則の制定は、同会社の就業規則の改正に該当し、同就業規則第七十三条により、組合と協議して行はなければならないのにその手続を践まなかつたのであるから、右懲戒委員会規則は、無効であり、従つて、同規則に準拠してなされた本件懲戒解雇処分もまた無効である。又右就業規則第七十四条により、懲戒解雇処分について、必要とせられる組合の同意は、被解雇者所属の組合の同意であるべきこと勿論であるから、右の同意を欠く本件懲戒解雇処分は、この点よりみても無効であると補述し、
控訴代理人において、全日本金属労働組合兵庫支部塚本商事機械尼崎工場分会(以下第一組合と略称する)から除名せられた従業員は、森野辰二、西口作次郎及び坂田禎治郎の三名であつて、坂口登は、被除名者ではない。又争議妥結の際の交渉は、第一組合の代理人牧達夫と、控訴会社側の木村与次郎との間において行はれたものであると訂正した上、控訴会社は、被控訴人の暴行傷害を理由とし平和な職場の秩序維持の必要から、会社就業規則に従い、右刑事事件の裁判確定をまつて、正当な懲戒解雇手続の下に解雇したのであり、しかも、三十日分の解雇予告手当さえ支払つているのである。元来被控訴人の場合の如く、雇傭期間の定めのない労働契約にあつては、解雇は、信義則に違反し、その濫用にわたる場合を除いて、自由であるのが、法制の建前であるから、本件懲戒解雇処分は、決して正当な範囲を逸脱したものではないと補述した外、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。(疎明省略)
理由
控訴会社が、鋼管の加工を業とし、尼崎市金楽寺字長総八番地の一に工場を有する株式会社であり、被控訴人は、昭和二十三年五月七日より、右尼崎工場(当時は、中央機械商事株式会社尼崎工場と称す)に仕上工として勤務し、後記解雇当時、日給金四百八十四円(月収平均金一万八百七十八円)の支給を受け、かつ、昭和二十六年十月二十三日より、右工場の従業員を以て組織する労働組合である、第一組合の執行委員長であつたこと、昭和二十七年四月六日、右第一組合が分裂し、同工場内に、新に尼崎地区労働協議会塚本商事機械株式会社尻崎工場新労働組合(以下第二組合と略称する)が結成せられたこと、被控訴人が同年五月九日午前八時頃、同工場従業員食堂内で、第一組合の他の工員三名とともに第二組合の工員坂口登と喧嘩し、同人を殴打し、よつて同人に全治一週間を要する打撲傷を負はしめたこと、そのため被控訴人が尼崎簡易裁判所において略式命令を以て罰金五千円に処せられたこと、ならびに控訴会社が同年七月四日、被控訴人に対し、辞職勧告をし、被控訴人がこれに応じなかつたところから、被控訴人を懲戒処分に付すべきものとし、同月十六日、同会社の就業規則第七十一条に基いて、懲戒委員会規則を制定した上、同月二十六日懲戒委員会を開き、被控訴人の右所為は会社就業規則第七十条第三号の「他人に対し暴行脅迫を加えたとき」に該当するものとして、被控訴人を懲戒解雇処分に付し、同月二十九日その旨被控訴人に通告したことは何れも当事者間に争のないところである。
ところで、被控訴人は右懲戒委員会規則の制定は、労働基準法第九十条、会社就業規則第七十三条、第七十四条により、組合と協議し、その同意を得なければならないのに、その手続を経ていないから、同規則は無効であり、従つてこれに準拠して行はれた懲戒解雇処分も亦無効であると主張するが、懲戒委員会規則は、会社就業規則第七十一条に「懲戒委員会にかんする規定は、別に定める」とあるに基いて、この空白規定を補充するために制定せられたのであるから、就業規則制定の場合におけると同様労働基準法第九十条により、組合の意見を聞くを以て足るし、又右意見を聞かなくても、元来就業規則の制定権は、使用者たる控訴会社にあるのであるから、そのため、懲戒委員会規則の効力に消長を来さざるものと解すべきであり、被控訴人援用の会社就業規則第七十三条は、就業規則改正の場合の規定であり、又同規則第七十四条は、具体的に懲戒処分を行う場合の規定であつて、何れも、右懲戒委員会規則制定の場合に適用せられるべき性質のものではない。しかのみならず、右懲戒委員会規則の制定にあたつては、第一組合より、被控訴人外二名が招かれて交渉委員会に臨み、その席上、控訴会社より右制定に関する第一組合の意見を求められたのであるが、同人等はその審議を拒否して意見の発表を差し控えたので、控訴会社は、当時過半数の従業員で組織せられていた第二組合の同意を得て、右制定に及んだものであることは、当事者間に争がないのであるから、右懲戒委員規則の制定手続に、これを無効とすべき瑕疵はないものというべく、被控訴人の右主張は、採用し難い。
次に被控訴人は、本件懲戒解雇処分について、被控訴人の所属する第一組合の同意がなかつたから、該処分は無効であると主張し右同意のなかつたことは、控訴人の認めるところであるが、控訴人は従業員の過半数を占める第二組合の同意を得たから有効であると争うにより按ずるに、会社就業規則第七十四条には、懲戒処分は組合の同意を得て行う旨規定せられていて、これが労働組合に一種の経営参加を認め、組合員たる労働者の地位の安定を保障せんとしたものであることと、労働組合は、自己に所属しない他の組合の構成員に対し統制力を及ぼし得ないことからみて、右規定の要求する組合の同意は、被懲戒解雇者の所属する組合であるべきは当然であるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。そこで控訴人は、第一組合の同意拒絶は何等正当の理由がなく、いわゆる同意拒絶権の濫用であると主張し、これに対応して、被控訴人は、本件懲戒解雇処分は、解雇権の濫用であり、第一組合の同意拒絶は、当然の処置であると抗争するにより、本件懲戒解雇処分が果して、就業規則所定の懲戒解雇基準に該当しかつ懲戒権行使の正当な範囲内に属するや否やの判断に進もう。
被控訴人が、前段認定の如く、工員坂口登に加えた暴行傷害は、一応会社就業規則第七十条第三号の「他人に対し暴行脅迫を加え又はその業務を妨害したとき」とあるに該当するものと言える。しかし、同条によれば右に対する制裁は解雇のみに限定せられているわけではなく、情状によつて、出勤停止又は減給に止め得るのであつて、選択的な裁量の余地が残されている。従つて、違反行為に対しては、その違法性や責任の程度その他諸般の情状を慎重に検討し、客観的に妥当な制裁を選択すべきは勿論であるとともに、元来企業における使用者の懲戒権は、経営の秩序維持のために認められたものであるから、自ら限度があり、その行使は、右目的に照し、必要とせられる範囲を越えてはならないことは、当然の事理に属するものと言うべきところ、原審証人森末伯一、同松本加蔵、同牧達夫、同木村与次郎、原審ならびに当審証人足立隆一の各証言及び原審ならびに当審における被控訴人本人の尋問の結果を綜合すると、被控訴人は、第一組合の執行委員長として、昭和二十七年三月以来、賃金値上の要求を掲げて控訴会社と団体交渉を続けるうち、前記の如く組合分裂の逆境に立ち、しかも第一組合の会計係として主要な地位を占めていた、右坂口登が第一組合を脱退して、第二組合に加入し、控訴会社は、組合の分裂をたてに交渉を進めず、ために被控訴人は組合の分裂を以て控訴会社の策謀によるものなりとし、その打開に焦慮していた折柄、坂口が工場の食堂兼脱衣場において、作業衣に着替える際同人用の脱衣箱の上にあつた、第一組合の宣伝用ポスターに使用する古新聞紙の束を床の上に引き下したのを見るに及び、同人があくまでも第一組合に対し反抗的な、挑戦的な態度に出るものとして、急に怒を発し、先づ居合せた第一組合員林啓二郎がこれを難詰し、次いで同森末伯一が殴りかかつたのをきつかけに、被控訴人もこれに応じ、共に同人に対し殴打する等の暴行を加えて、前記の如き傷害を負わしめたものであつて、争議下組合の分裂に伴う尖鋭化した感情の対立に起因する偶発的な所為であり、別に同人の業務を妨害し工場の秩序を破壊するの悪意から出たわけでなく、又現に就業前のことで、これがため職場の混乱を招いたわけでもないこと、又暴行の程度も、集団的であるとは言え、さほど酷くはなく、坂口の受傷は全治一週間の程度であり、現に本件解雇当時は、完全に治癒しているし、更に両組合の感情の対立も融和して、平静に復していること、ならびに、被控訴人は平素より組合事務に熱心であるとはいえ、職場の勤務成績も悪くはなく又温和な性格で、本件のような暴力沙汰に出たことは、未だ曾てなかつたことが認められ、原審ならびに当審証人藤田斎、同木村与次郎、当審証人坂口登の各証言中右認定に牴触する部分は、何れも信用し難く、その他に右認定を動かすに足る疏明はない。以上の如くであれば、被控訴人の右所為が必ずしも前記制裁中最も重い、しかも労働者の死命を制すとも言うべき、解雇処分に値するものとは言い難いし、又右制裁を以てしなければ、控訴会社の経営の秩序が保たれないものとも、とうてい断じ難い。
しかのみならず、成立に争のない乙第二号証、同第十一号証、及び原審証人牧達夫の証言によつて成立を認め得る甲第七号証に、原審証人松本加蔵、同牧達夫、原審ならびに当審証人足立隆一、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十七年六月十日、前記賃金値上の争議が、妥結の一歩手前まで進んだ際、第一組合側より、控訴会社に対し、争議解決の附帯条件として、争議中の一切の問題について、犠牲者を出さない旨の確約を求めたところ、控訴会社を代理して交渉に当つた工場長木村与次郎は、右要求に対し、「悪いようにしないから自分に委してくれ」と言明しており、もつとも当日の交渉は結局妥結に至らず一応物分れとなつたとはいえ、特に右言明を取消し、その他被控訴人等をして将来前記暴行事件により懲戒処分のあるべきことを予測せしめるようなこともなく、又現に昭和二十六年末の越年資金闘争の際、同工場長は、協定賃金とは別に余分の額を支給すべき旨を約したが、右の約束通り実現せられている事実もあり、工場長のかかる言明は当然控訴会社においても、これを尊重し、これに反する処置に出でないものと信じ、その信頼のもとに翌々十二日争議が妥結するに至つた経緯が疎明せられ、右に反する原審ならびに当審証人藤田斎、同木村与次郎の各証言は、たやすく信用できないし、その他右認定を覆すに足る疎明資料はない。而して、右によれば、争議妥結当時、現場の責任者である工場長において、被控訴人に対し、本件の如き懲戒解雇処分をとる必要性のないことを認めていたものと言うべく、又工場長において右の如き言明をした以上、控訴会社はこれを尊重すべく、爾後右に反して懲戒処分をとるについては、少くとも相当の事由がなければならないし、又これにつき、組合の同意を求めるにあたつても具さにその事由を明らかにし、組合をして、それがやむなき所以を納得せしめるに足る努力を払うべきは、信義則上、当然のことに属するにかかわらず、成立に争のない乙第二号証、同第九号証第十号証及び前記木村、藤田両証人の証言によつて成立を認め得る乙第八号証の一、二によると、控訴会社は何等相当の事由がないのにかかわらず、右言明を無視して懲戒権を発動し、しかも第一組合に対し、該言明の事実を糊塗するが如き不信の態度に出たことが窺はれ、従つて第一組合がこれに対し、同意拒絶の措置に出たことは当然であり、むしろ、控訴会社の懲戒解雇権の行使は、第一組合の信頼を裏切り、信義則に欠けるところ大なるものがあると言はなければならない。
以上要するに、本件懲戒解雇処分は、必要の程度を越えて酷に失し、かつ信義則に違背して強行せられたものであり、懲戒権行使の正当な範囲を逸脱し、その濫用にわたること明らかであるから被控訴人に対する解雇の効力は生ずるに由なく、被控訴人は、依然控訴会社の従業員たるの身分を保有するものと言はなければならない。
而して、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、控訴会社からの給料のみによつて、家族五人の生活を支えているのであつて、他に収入の途のないことが疎明せられるから本案判決確定に至るまで、解雇されたままの状態におかれることにより、著しい損害を招くおそれのあることは、容易に推認し得るところであるので、被控訴人が、控訴会社の従業員たるの仮の地位を定めることを求めるとともに、控訴会社より、昭和二十七年八月一日以降本案判決確定の日まで、毎月二十五日限り、冒頭認定の一箇月金一万八百七十八円の給料の支払を受けるための仮の地位を定めることを求める被控訴人の仮処分申請は理由がありこれを認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条及び第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉村正道 大田外一 金田宇佐夫)